2年前の日記 10月17日 回顧

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 もう12~3年前になるか、日系人を女房に持つブラジル人男性が職を求めてうちの工場へやって来た。

 他の日系人の仲間たちは、人材派遣業者の「つて」により、大企業での仕事を斡旋されたらしいが、ブラジル人は言葉の問題等があり、多少敬遠されていたらしい。

 彼の義理のお父さん、日系2世の方が私の父の元を訪れ、工場で使ってくれないかと頼んだようだ。父は、外国語はほとんどしゃべれないのにもかかわらず、外国人と一緒に仕事をすることを大変喜んだ人間で、仕事上知り合ったイタリア、ドイツの人たちと気軽にコミュニケーションを取れる、うらやましい性格を持っていた。また、昔気質で、頼まれるとよほどのことがないと断らなかった。

 案の定、このブラジル人をうちへ迎え入れることになった。年は私より6つ上だが、見た目は体格も良いせいか若く見える。天然パーマ、青い瞳、ほのかな香水の香り・・・ 本当の外国人だ。一緒に働きだしてわかったが、性格から来るものだろう、細かい仕事をねっちりとやるのが得意なようで、作業テーブルで組み立てや塗装をさせると、なかなかきれいな仕事をしていた。

 片言の日本語はしゃべるが、意思の疎通に手間取ることもあり、お互いイライラしたこともあったが、時が経つにつれ気持ちが通じるようになり、仕事上、また、普段の生活でもトラブルを起こすようなことは全くなかった。

 おととし、私らも不況のあおりを受け、人員の見直しを迫られた時、彼に暇を出して母国に帰ってもらうことにした。体調を崩しているお母さんの見舞いもしたかったらしく、航空券を手渡した時の笑顔が今でも目に浮かぶ。
 「時期が来たら連絡するから、その時は再び一緒に仕事をしよう」。どの程度通じたのかはわからなかったが、お互いに笑顔で強く硬い握手をしたのが、まさか最後になるとは今日まで思っても見なかった。

 仲間の日系人から、彼の訃報を聞いたのはついさっきである。慣れぬ地で仕事をしている時から体調が万全ではなく、随分と病院に連れて行ったが、母国に戻ることできっと体調は良くなると思っていた。しかし、それは私の楽観的な見方だったようである。

 残念。ただその一言しかない。

 今日は涙である。

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