交差点

 3ヶ月の間、見舞いのために左折していた交差点を今日は直進する。今までの用事としては、二度とここを左折することもないのかと思うと涙が出る。

 散髪で世話になったベテラン技術者Hさん。私が想像していたより、かなりの経歴を持っていたらしい。

 通ったのはせいぜい4年、回数にしたら40回ほどなのだろうか。その1回だって、接している時間は長くても1時間半。自分の人生と比べて見れば、微々たるものだ。その方が私の目の前から消えてしまったことが、なぜこれほどまでにも寂しいのか・・・すぐには理解できなかった。

 お客商売だから、目の前に座った誰に対しても最善の技術を提供する。店から私を送り出してくれる時の態度や笑顔は、絶対の自信に満ちている。いろいろな世間話をにこやかにしてもらったことも、強く印象に残る。

 今の虚脱感は何だ? 会えなくなったことだけで、こう感じるわけではないはずだ。

 肌に触れるとその人の温かみを感じる。髪をカットしてもらい、髭を剃ってマッサージをしてもらって・・・  その間に知らず知らずのうちにHさんの肌の温かみを感じていた。治療に専念するため店を一旦休み、待っているお客のために一時退院をして店に戻る。再入院の前、結果的に最後の客となった私を送り出してくれる時に、どちらともなく求めたがっちりとした握手。見舞いの別れ際にも必ず握手。これも、結果的に最後の見舞いとなった別れ際にも握手、そして酸素マスクを外して言ってくれた「ありがとう」・・・

 親友二人に頼み込み、通夜そして告別式の受付を務めることができたのは、私ができると思われる最大限のことだった。それを受けてくれた二人には何と礼を言っていいのか言葉が見つからない。

 Hさんの肌の温かさを感じることはできなくなってしまったが、気持ちはもちろん私の中で生きている。温もりを求めるほど柔ではないが、それを与えられるありがたさも教えられた。つたない文章だが、これを書いて気分も少し落ち着いてきた。

 涙ではなく、懐かしさの笑みのまま交差点を通過できる日も来るだろう。

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