「ついていた」わけ

 電話を切って、再びトラックを走らせた。

 年に数回しか走らない、線路に沿った真っ直ぐな県道。加速途中で、側道から軽自動車が出てきた。危険は感じなかったが、「直前」に近い距離だったこと、その車の加速が今一つだったこともあり、「どこ見てんだろか…?」と思いながら、一定の距離を置いて追走していた。

 2~300メートル走っただろうか。道路脇に3~4人の警察官がいる。
 「ん??」 気がつかぬうちに、「ネズミ捕り」を通り過ぎていた。

 車でスピードは追求しないので、周囲を見る余裕はあると思っている。そのため、スピードやシートベルトの検問の警察官を見つけることは多い。だが、今日は全く気がつかなかった。直前に掛けた電話のことを思い出していたこともあったので、前の車の先を走っていたら、40キロ制限は守れなかったかも知れない。ちょっとしたタイミングで、要らぬものを回避できてしまった。

 仕事を終え、午後8時を過ぎてから、いつもの「出ない」パチンコ屋へ行く。
 
 「今日も出ない」はずなのだが、少しずつ玉が溜まっていく。夕食代程度を換金し帰宅。

 翌々日。「今日は出ないだろ」と思いながら再びパチンコを打ったが、なぜか玉が出る。途中でその台をやめ、違う台に移ると、そこでも玉が出てくる。豪華ディナーとワイン代ぐらいを獲得。タクシー代も出たかもしれない。
 
 そして昨日。「絶対に今日は出ない。少し返そう。」と思いながら台に挑むと、やはり当たる。止め時を間違えなかったこともあり、土産代は確保。余り玉でビールも取れた。

 「ついている」のは大変結構。その理由なんてものがあったか思い返してみる。

 年に数回しか走らない道を今回通った理由は、得意先から次の得意先へ行く途中、いつもより時間が早いことに気がついたので、知人の墓参りをしたことだった。「喜んでくれたかな・・・」なんて考えていた。

 「ネズミ捕り」の次の日、街中を走行中、道路の真ん中で「のびていた」ネコを見つけた。「いくらも時間が経ってないな。かわいそうにな・・・。」と思いながら通り過ぎたが、「まさか生きていないだろうな。死んだって勝手に決め付けてしまったかな」という思いがどうしても頭から離れず、終業時間が過ぎていた安心感もあったので、4~5分走ってから再び現場に戻ってみた。
 通りかかる車はみんな避けている。状態は先ほどと変わりないが、残念ながら昇天しているようだった。せめて道路の端に運んでやらなければならないが、タオルや毛布の1枚も手元になく、さらに意気地のなさ全開で、どうして良いかわからなくなる…。電柱に現在地が書かれていたので、市役所に電話し事情を説明すると、すでに通報があり職員が向かっているとのこと。自分の不甲斐なさはとにかく、心の中で手を合わせ現場を離れた。神社の鳥居の前だったな…。いくらも走らないうちに市役所の車とすれ違い、安堵した。

 「ついている」という言葉を使うときは、ギャンブルで勝った時が圧倒的に多いと思うが、いらぬ事を未然に回避できた時もそういう言葉を使う。今回の「ツキ」は・・・ 知人が喜んでくれたのか、私みたいなものがウロウロしているのを見て苦笑した、鳥居が見えた神社の神様なのか、通報をもしかしたら見ていたネコなのか・・・ 想像は尽きない。少なくとも、自分の努力は何もないのだが。

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