淡い恋

 この年になって、そんな洒落たものなどないが、例えるならばこの言葉だろうか。

 私には不釣り合いなスーパーブランド。店の敷居が高い。それでも眺めてみたかったので、堂々と店に入った。

 店内を一回りし、母が喜びそうなものを見つけたので、近くにいた女性販売員に声をかけた。

 制服をきちっと着こなし、とてもにこやか。スーパーブランドの店員=お高くとまりやがって、自分がブランドのつもりか? ・・・の公式を覆すソフトな応対。当然のことながら、扱っている商品の知識もしっかりしている。何と言っても、「ゆうこりん」似の美人とくれば、品物を買わないわけがない。私としての最大級の褒め言葉である、「あなたは、物が良く売れるでしょう?」との問いに、喜んでいた笑顔は印象的だった。

 会計を済ませ、出口まで見送られる。慣れない自分にはくすぐったいが、悪い気はしない。また来たいけど、そうそう来ることはできないな…と思いながら店を後にした。

 無精のせいもあり、あちらこちらの店舗へ買い物は行かない。ほとんどを、ここと決めた老舗デパートで済ませているので、買い物をすると案内等の手紙が舞い込んでくる。デパート内にあったこのスーパーブランドからも、その時の販売員から手書きの葉書が来た。お決まりの文言だったが、なぜかこの手紙は処分する気になれず、机の奥にしまっていた。

 「美人」に酔ったのはまぎれもない事実だが、24歳と言ったその販売員のことが何となく気になり、自分には全く縁が無かったその店に、1~2カ月に1度、足を運ぶようになった。もっと行ってみたい気持ちはあったが、毎度買い物ができるような小遣いもないし、販売員目当てで足を運んでいるとは思われたくなかった。

 販売員は、こちらを「まったくの客」として見るのが当然で、それ以外の感情を持つはずが無い。だから、恋愛には絶対にならない。その点は絶対間違えないよう、努めてクールに・・・ と何回言い聞かせたかわからないが、その態度を彼女もわかってくれていたと思う。いつからか世間話をするようになり、買い物をしてもしなくても、店の中で1時間以上話をするのは、毎度だった。最後の買い物までそれが続いたことは、そのブランドの方針としても許される範囲だったようだ。

 それから5年。
 
 「結婚することになりました」との突然の電話。彼女もどういう言い方をすればいいのか、戸惑いながらの連絡であるのは、すぐにわかった。年頃の女性の結婚は当然で、「そういう時期がもう来たのか・・・」と、正直寂しい気持ちがあったが、祝福の言葉を贈る落ち着きがあったのは、彼女に対してのスタンスを貫くことができていた証拠だ。ただ、そのあとの言葉は重かった。「いろいろ考えたのですが、退職することにしました・・・」。

 クールなまま、彼女の退職の日まで店に行けたらよかったのだが、気の利いた言葉がかけられなかったら本当にみっともないと思い、その連絡を最後に店へ行くのをやめた。ただし、そのままでは彼女に対して失礼なのはわかっていたので、退職は寂しいけど、再びどこかの雑踏の中で会えるのを楽しみにしていますと、手紙を送った。

 しばらくして、彼女から便せん2枚にわたり、びっしりと書かれた手紙が来た。私が彼女に対してとっていた態度を十分に理解してくれていたし、社内で特別な資格を取るきっかけになったのも、私だと書いてくれていた。何よりもうれしい話だった。

 晴天の土曜日。いつもと同じ休日を過ごしている私は、食糧を調達するために老舗デパートへ向かう。首都高の流れは、いつになく順調。正面、小高い丘の上に見える建物では、今、まさに彼女の結婚式が行われている。
偶然にしては出来過ぎているが、たまにはこんなシチュエーションもある。めでたい席は、きっと盛り上がっているだろう。うらやましいぞ。

 本当におめでとう。いつまでも元気で、そして幸せに。
 

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