仏壇の前で

 静かな夜、仏壇の前で一人たたずむ。隣には「すざんぬ」が寝そべっている。

 母が、初めて「特養」のショートステイを利用し、外出している。私に何かがあった時、施設での生活に慣れておいてもらうために、今日の利用に至った。これからは、定期的な利用をすることになるだろう。

 仕事を終え、いつも通りに帰宅したが、家の中が寒々しかった。「灯りがついていない家に帰るのは寂しい」と、誰かと話したことを思い出した。

 18年前、父が他界した直後に母が体調を崩し入院。その時は3ヶ月間、私一人で生活した。つい先日まで3人でいた家なのに、あっという間に私一人になってしまったことはショックだった。仏壇の前に座り込み、動く気力も失せていた。それ以来、自分にとって一番怖いものは「空っぽの自宅」になった。

 自分にもしものことがあったら、今の状態からすれば、家は間違いなく空っぽになる。「世の中は動いて行く。自分の死後のことを心配しても始まらない。あとは野となれ山となれ・・・だ」。父が言ったことだが、後に続くであろう人間がいれば、この言葉は、まだ生きる。しかし、今の私では本当にこの言葉通りになってしまう。

 身の周りを整えておいて、進むしかない。父の法名「釈進誓」は、私に課せられた言葉なんだろう。坊さんに先を見据えられていたようだ。もしその時がきて、家が空っぽのままであれば、誰かのやりやすいようにやってもらうしかない。それこそ、野となれ山となれ・・・だ。

 仏壇の前は、自問自答の場所。

 

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